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第四部隊の制裁者【2】

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「ねーミリア、標的の護衛がこの喫茶店に入ったまんま出てこないんだけど」
「あたしたちから逃げてるんだよ。そこにいる限り、多分出てこないよ」
「えー? せっかく見つけたのに……」
 第四部隊でのミリアの友人、エラ・ミールは、心底がっかりしたようだった。操縦桿から手を離し、勢いをつけて椅子にもたれかかる。
「……威嚇ならいいよね」
「は?」
 ミリアは少し呆けた声で返答していた。とびっきりの名案を考えついたような、嬉しそうな顔で、エラは再び操縦桿を握った。
「少佐のは殺すなってルールでしょ? なら威嚇ぐらいはいいはずだよ。近くの建物を壊して、中にいる人を出てこさせる」
「それで人が死んじゃったらどうするの?」
「だいじょーぶだって」
 エラの売りである楽観的なところが、彼女のその後の運命にとって、悪魔となった。
「そーら……出てこい!」
 喫茶店の向かいにある低めの建物に、エラはミサイルを放った。この地域はエラたちが先ほどから偵察していた地域だ。先ほど別の「アサシン」が、近くに砲撃をしたため、その建物からは人が全て消え、ついでにシャッターまで下ろして行ったのを確認している。
 すぐ隣の建物が倒壊し、慌てたように喫茶店から数人が出てきた。だが護衛らしき人影はいない。
「ちえ、出てこないや。えーいめんどくさい!」
 二発目のミサイルの照準が、建物に当たった。ミリアはエラのその画面を見て、叫んだ。
「エラ! ちょっとそんなことしたらっ……」
「だいじょーぶ、あたし今まで建物壊して、ついでに人死んだことある? あたし結構運あるんだよ」
 変なところに運があるのを、友であるミリアは知っていた。だがその時ミリアには、いつになく嫌な予感がしていた。
「お願いやめてっ! エラ!」
 自分でもおかしいと思うくらいの焦りようで、ミリアは再び叫んだ。しかしエラは「今日変だよ、ミリア」とミリアを見て、ミサイルを放った。建物が爆散した。
 エラが狙った部分は、建物の上部だった。中に人がいても、逃げ切れる余裕はある。残っていたらしい人々が、四方八方に散らばっていく。その中に、標的がいた。
「見ーつけた! 殺しちゃだめなら威嚇して……」
 エラが嬉しそうに笑い、操縦桿に力を込めた。それが合図だったかのように、標的がばたりと倒れた。
「……え?」
 エラは呆然と呟いていた。標的のかたわらに、巨大な建物の欠片があった。
 画面を見つめる女兵士の後ろに、男が立った。男は手にしていた拳銃を、女兵士の頭頂部に押し当てようと――
「だめっ!」
 銃口が上を向いた。横合いから飛び出したミリアが、エラを床に倒したため、レイマンはそれを避けるのに銃を手元に引き寄せた。ミリアはエラもろとも倒れこんだ。
「お願いします、エラは故意にやろうとしたんじゃ……」
 ミリアはとっさに顔を上げ、レイマンを見た。しかしレイマンの銃は既にこちらを向いており、そしてすぐさま火を噴いた。突然同僚に押し倒され、訳がわからないままだったようなエラは、一人立つレイマンを何となく見たのだろう。その額に銃弾が食い込み、血が飛んだ。目は見開かれたまま、エラ・ミールは事切れた。
「……っ! エラ!」
 とっさに身を引いてしまったミリアの目は、既に潤んでいる。周りの兵たちが、だんだんと集まってきた。
「少佐……。どうしてエラを……」
 レイマンを見るミリアの頬を、友人を亡くした悲しみから生まれた涙が、溢れるように流れていた。それを見下ろすレイマンは、眉一つ動かさずに言葉を紡いだ。
「エラ・ミールは私の決めたルールを破った。それだけだ。直接手を下していなかったとしても、人が死ぬ原因を作ったのはエラだ。それに代わりはない」
 悲しみで一杯だったミリアの顔に、次いで驚愕も広がった。こらえ切れなかった嗚咽が、第四部隊に響き渡った。
 ウィリウムが、エラだった物の近くに跪いた。手を目の上にかざし、そっと瞼を閉じた。

「レイマン、ちょっと面倒なことになった。来てくれないか」
 レイマンをつれて来たあの男――ゲイル・ロード総指揮官が、すまなそうに廊下から顔を出してきた。名を呼ばれたレイマンだけでなく、他の兵もつい総指揮官を見ていた。それだけ、この男が各部隊に姿を現すのは珍しいのだ。
「第二部隊の指揮官で、ルイス・オーリってやつがいるんだがな。そいつがあんたに、戦争の仕方を教えるって言い出したんだ。自分の兵の殺し方はわかるのに、敵兵の殺し方は知らないのか、って」
 総指揮官はため息混じりだった。名は、ウィリウムも聞いたことがあった。まるで人間をアリかなにかのように殺す、有名指揮官だ。
「断ったなら、俺はカールス・レイマンを、味方兵を殺す裏切り者として、軍から追放してもらうよう抗議するとも言ってたな。レイマン、何を言われるかはわからんが、来たほうはいい。かまわんか」
「……わかりました」
 レイマンは少し躊躇したようだったが、その歩みはしっかりしていた。それがもう少しで総指揮官にたどり着く、というぎりぎりのところで、レイマンは足を止めて振り返った。
「ウィリウム・ケストナー」
「は、はい!」
 フルネームで呼ばれるのは二度目だ。突然名を呼ばれ、ウィリウムは心底驚き、直立不動の姿勢になった。
「すまんが、付き合ってくれないか。どういうケンカを売られるかわからんが、内容によっては暴走するかもしれん」
「は……」
 はい、と返事をしようとしたのだが、ウィリウムは意味深げなその言葉に、つい詰まらせてしまった。
「ウィル、指揮官からの直々のお願いだぞ? お前に断れるかな?」
 明らかにからかいを含んだ、総指揮官の口調だった。顔を出さないわりにはこの男、兵士の特徴を知っている。ウィルの特徴は、自分の所属する部隊の指揮官の頼みは、絶対に断らないというものだった。
「いじめですか、ロード総指揮……。少佐、断る理由はありません。一緒に行きます」
「ありがとう」
 その一瞬、レイマンの顔に感情が表れた。まぎれもない、感謝の感情だった。
「じゃ、ルイスのところまで案内しよう」
 総指揮官は、日の差す廊下を淡々と歩いていった。それとほぼ似たような歩調で歩くレイマンを、横についていたウィリウムは時々覗き込んだ。先ほどの顔が、本当は見間違いだったのではないかと思うほど、固い表情だった。
「ルイス、お呼びしたぞ」
 開けっ放しのドアを覗きながら、総指揮官は壁を叩いた。部屋には「アサシン」の操縦席と一人の男以外、誰もいないし、何もなかった。
「あんたがカールス・レイマン少佐か……。なんだ、その横のは」
 ルイス・オーリは、かなり体格のいい兵士だった。「アサシン」の操縦に長けているだけの第四部隊の兵に比べれば、レイマンは体つきがよかった。そのレイマンでさえ、この第二部隊指揮官の前では、細々と見えた。
「私が呼んだ立会人だ。立会人を呼ぶなとはお前は言わなかった。文句はないだろう」
 初対面のはずなのに、「お前」と呼ばれたルイスは、いささか頭にきたようだ。器用に片眉だけ吊り上げた。
「まあ、文句はないがな。それよりあんた、指揮官のくせに手をつけたことがないそうじゃないか、こいつに」
 ルイスは親指で、様々な光を放つ「アサシン」の操縦席を指した。
「私は兵たちの、戦場での活躍を見ているのでな」
「だめだな、それじゃあ。指揮官たるもの、手本を見せてやらにゃあ。この第二部隊は普通戦闘部隊だが、俺だったら見せてやれるぜ、手本を」
「遠慮しておこう」
 即座に返ってきた返答に、ルイスは完全に気分を害したようだった。
「総指揮官から聞いたと思うがな、断るっていうんなら抗議してやるぞ。味方兵を殺す謀反者としてな」
 相変わらず冷めた目で、レイマンは嫌味そうに笑うルイスを見ていたが、すぐ横にいたウィリウムがなんとか聞き取れる声量で「仕方ない……」と呟き、部屋の中央部へ歩いた。総指揮官はその場へ留まり、ウィリウムはしばし遅れて跡を追った。ウィリウムは囁き声で、レイマンに話しかけた。
「少佐、いいんですか?」
「軍を追放されては困るからな。ここに来た意味がない」
 軍法会議にかけられれば、必ず追放されるわけではない。だがレイマンは、その危ない過程も通りたくないようだった。
「よし、そこの椅子に座りな。俺の操縦席は特別だからな。遠くからでも見えるだろう」
 操縦席の真後ろ、約十メートルほど離れたところに置かれたパイプ椅子に、レイマンは腰掛けた。ウィリウムは立っていようと思ったが、レイマンが小声で「持ってきて座れ」と言うので、壁に立てかけてあった同じくパイプ椅子を、隣に置いて座った。
 なるほど、確かにルイスの「アサシン」の操縦席は、特別なものだった。「アサシン」からのカメラ映像は、操縦者が座るともちろん後ろからは見えなくなる。しかしそれに加えて、操縦者を見下ろすようにもう一つ、大きめの画面が設置されているのだ。「アサシン」専用の第四部隊でさえないその操縦席を見て、ウィリウムはかすかにねたましく思ったが、多分これはこれから第四部隊にくる最新版なんだろうと思い直した。ルイスは、その最新版の試用者なのだと。
「見てな。あんたがたが担当してる場所とは別だが、参考にはなるだろう」
 映像が動いた。と、間髪いれずに建物が爆発した。ミサイルを放ったのだ。あのダンと同じように、建物の真中辺りを狙ったらしい。発生した煙に隠され、崩れたであろう建物は見えなくなった。そこから逃げるように出てきた人影が多数。それも見る間に動きを止めていった。
「いいか、レイマン少佐。民間人でも、敵になるやつのほうが多い。そういうのを早めにつぶしとくのも、兵の仕事だぜ」
 塔のように高い建物に、ミサイルが当たった。ゆっくりと上部が、走る人がいる道路へ倒れていく。倒れる向きまで計算して、ミサイルを撃ったのだろう。
「……!」
 ウィリウムは、膝の上に置いていた手を握り締めた。ここまで関係なく、人という人を殺す人間を、ウィリウムは初めて見た。ダンの比ではない。隣のレイマンは足と腕を組んだまま、微動だにしない。もちろん目線はあの画面だ。不動なのは表情も同じだった。
 なぜ少佐は何も言わない? あそこまで人を殺すのを見逃さなかった少佐が。目の前で何十人と倒れていっているのに、どうしてそんな無表情でいられるんだ?
 ウィリウムが少佐に叫びたい気持ちを抑えきれなくなったとき、レイマンが動いた。流れるような動きで組んでいた手足をほどくと、靴音を隠そうともせずルイスに近づいていった。人殺しに夢中のルイスは、まったく気づいていないようだ。
 右腰近くに吊っていたホルスターから、レイマンは二人の兵の命を奪った拳銃を取った。そしてそれをルイスの後頭部に突きつけ、撃鉄を引いた。忙しく動いていたルイスの腕が、にわかに止まった。


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