HomeNOVEL 物置

第四部隊の制裁者【3】

物置 | <<前


「……何の真似だ? レイマン少佐」
「何の真似もしているつもりはないが。あえて言うならお前の真似かもしれんな」
 ルイスは手元のスイッチをいじった。上部で光っていたランプが消え、代わりに別色のランプがついた。「アサシン」を操縦しているウィリウムにはわかる。ルイスは「アサシン」を自動偵察状態にしたのだ。
「立て。立ってこちらを向け」
「おいおいレイマン少佐、ずいぶんとやることが派手だな」
 おどけたように両手を挙げ、ルイスはゆっくりと席を立った。レイマンは、ルイスが即座にこちらを向き、その体格に合った力で銃を取られるかもしれないと思ったのか、少しずつ後ろへ下がっていた。
「言ってなかったかもしれんが、俺の階級は中佐だ。悪い立場にいるのはどっちかな?」
 やっとこちらを向いたルイスは、操縦席から一歩、二歩と離れた。お互いが磁石であるかのように、レイマンも同じだけ引いた。
「階級など関係ない。私は一人の人間としてお前に銃を向けている。ルイス・オーリ、お前は私が自分の部隊に課した、私のルールを知っているな」
「ああ、あんたが作ったルールは、軍隊のもんじゃないようなルールだからな」
 階級が上だと言った矢先からフルネームで呼ばれたルイスは、いつの間にか立ち上がっていたウィリウムが見ても、完璧に怒っていた。
「なら、お前が今までしていた行為は、私に対する精神的な暴行かな?」
 ウィリウムの目に、わずかに首をかしげたレイマンの顔が映った。怒りを湛えた笑みが、そこにあった。
「そう受け取るんならそうしておけ。俺は見本を見せたまでだ」
 レイマンとは対照的な爆発しそうな怒りが、引きつった顔に表れていた。
「そうか。だが私は人を殺されると、それが楽しそうにやっているとなると余計に腹が立つ。お前のように階級が私より上だとしてもな。だが私も軍人だ。自分が不利になるようなことはしない。お前を今この場で殺す、ということはな」
 殺しはしない、とレイマンは言った。だがあのレイマンがここまで来て、銃を使わないというのはありえない。ウィリウムが思考を巡らせていたその時。
 レイマンが身を屈め、ルイスに向かって駆けた。あまりにも突然で、それでいて無駄のない動きだったので、ウィリウムは呆気にとられた。全く動かなかったところから、ルイスも同じだったのだろう。レイマンの倍もあるルイスの腕を右手でつかみ手元に引き、駆けている間に持ち替えていた左手の銃をその右肩に銃口が見えなくなるほどめり込ませ――――
 第二部隊指揮官の肩から斜め上へ、いびつな血の花が一瞬咲き、消えた。
「ぐっ……!」
 ルイスが呻いた。素早く銃を肩から離すと、つかんでいた左手首を、レイマンはゴミでも投げるように離した。質素な色の軍服を、血が鮮やかな色に染めてゆく。
「きっ、貴様……!」
「盲管にしなかっただけありがたいと思え」
 肩を抑えるルイスを見る眼差しには、静かな怒りがあった。
「中佐に銃を向けて、ただですむと思って……!」
 再び銃口があがった。と同時にそれは火を噴いた。放たれた弾は、ルイスの左頬の肉をえぐった。
「があっ!」
 今度は完全な叫び声だった。新たにできた傷に手を回すが、頬からの血は既に床に二、三滴落ちていた。
「死よりも苦痛なものが、わかるか?」
 レイマンの腕が、また別の場所に狙いを定めた。見る者を恐怖に落とし入れそうな怒りと笑みは、まだそこにある。三発目の弾は、ルイスの頭髪と頭皮を道連れに、壁に穿たれた。
「死の寸前の、肉体の苦痛だ。四肢を切断された痛みを伴いながら、それでも生きることだ。苦しみ続けることが、死の恐怖をも超える」
 四発目。今度は左肩の肉が弾の分だけ消えた。
「お前は、民間人を殺した兵を、私がためらいもなく殺したことを知っていたはずだ。その上で私に見せつけるとは、それなりの勇気があったんだと思ったんだが、そうでもないらしいな」
 ルイスの顔にはまだ怒りが残っていたものの、レイマンを見る目は、まるで化け物でも目の当たりにしているような、恐れがあった。
「この、人をいたぶって楽しむ狂人が……!」
 かすれてはいたが、はっきりとした声だった。ルイスの精一杯の虚勢だったのだろう。その途端、レイマンが初めて怒りをあらわにした。
「黙れ! 人を人とも思わん貴様に言われたくない! いたぶるどころか、殺して楽しんでいるのは貴様だろう! 敵国にいる人間だからという理由で、命の価値はそんなに変わるのか? 死を垣間見たことも、命がどういうものかということも知らん貴様に、同類を簡単に殺す資格などない!」
 最後の叫びと同時に、レイマンは五発目を放った。それは腹に食い込むと、今までで一番大量に、血を噴き出させた。肝臓に命中したのだ。
「さあ、最後の弾を、どこに撃ってもらいたい」
 銃口は、ルイスの額を捉えていた。腹を押さえている手指の間からは、絶え間なく血が流れ続けている。
「っ、少佐!」
 ほぼ衝動的に、ウィリウムは駆け出し、レイマンの前に立ちふさがっていた。唐突な乱入者に、レイマンは目を見張り、わずかに腕を引いた。
「もうこれくらいでいいでしょう? 中佐だって、もうわかってるはずです。あなたを怒らせると、どういう目に遭うか」
 実際、突き動かされるようにレイマンの前に立ったウィリウムだったが、落ち着いてくると、だんだん恐怖がこみ上げてきた。かばったために、一緒に撃たれるのではないか。そんな思いが、あとからあとから湧いてくる。
 いつもの無表情に戻っていたレイマンは、しばしウィリウムを見つめた。声を出すのも怖くなったウィリウムは、必死に表情だけで訴えた。ルイスを、これ以上撃たないでくれ、と。
「…………ウィリウム、感謝する」
 ふとレイマンが目を伏せたかと思うと、銃を持たない左手が、ウィリウムの肩にそっと乗せられた。
「私を止めてくれたな。あのままだったら、私は自分の言ったことも無視して、あいつを殺していたかもしれない」
 手はそのままに、レイマンはウィリウムの後ろに立つ、ルイスを見た。レイマンの戦意が消えたのを感じたのか、がくりと跪いた。立っているのも辛かったようだ。
「暴走するかもしれない、ってこと……これだったんですか?」
「ああ。ウィリウム、どいてももう大丈夫だ。殺す気は失せた」
 ほっとため息をついてから、ウィリウムは自分の肩に手を乗せてから、レイマンが“暴走”していた時とは違う、優しげな笑みをしていたことに気づいた。
「ルイス」
 声は部屋の入り口からかかった。総指揮官ゲイル・ロードだった。ここを立ち去らず、ずっといたようだ。
「わかっただろう。もう不用意にケンカは売らないことだ」
 ほら見ろ、と言いたそうな顔で、総指揮官は含み笑いまでしながらルイスを見た。
 ウィリウムは精神的に参ってしまい、パイプ椅子にどっかりと座り込んだ。顔だけ後ろに向け、レイマンはまた笑った。ウィリウムの疲れようがおもしろかったらしい。
「……そういえばまだ一発残っていたな」
 手にしていた銃を見下ろし呟くと、レイマンは素早く振り上げ、ルイスに向かって最後の弾を撃った。
「あっ、少佐!?」
 突如響いた銃声に、ウィリウムは身を乗り出した。レイマンに続いてルイスを見る。血が、また流れていた。ウィリウムが恐れていた額ではなく、最初に銃弾を喰らった、右肩から。
「心配はない、さっき穴を開けたところを正確に狙った。盲管は肝臓ぐらいだろう」
 銃をホルスターにしまい、レイマンは右肩を抑えるルイスを見た。ルイスには見えなかったが、あの静かな怒りと笑みをつくって。
「ルイス、足はやられてないな? なら自力で救護室まで行ってこい。途中で倒れようものなら、軍の一、二を争う強靭な体の持ち主の名が泣くぞ」
 ルイスはレイマンを見ないまま、軽く舌打ちして、ふらつきながらも部屋を出て行った。
「それじゃレイマン、お呼び出しは終わりだ。戻っていいぞ」
「はい」
 総指揮官は二人を残したまま、その場を去った。

「ウィリウム」
「はい」
 第四部隊への廊下を歩きながら、レイマンが話しかけた。
「お前は、私が怖くないのか?」
 少し自分より背の高いレイマンを、ウィリウムは見上げた。
「私が初めて自分の兵を殺したとき、お前はすぐ隣にいた。そして暴走した私の目の前に立った。それでも怖くないのか?」
 顔を正面に戻して、ウィリウムは少し経ってから話し始めた。
「俺……少佐の気持ちわかります。人をあんなふうに殺す人を、憎む気持ち。でも、同情……できないんです。少佐のあの制裁が、怖いから……。すいません」
 やっぱり怖いんじゃないか。ウィリウムは心の中で呟いた。
「謝る必要などない。同情などしてもらわなくてもかまわん。それに、私が恐ろしくて当然だ。だがウィリウム、お前は私の全てが怖いわけではないようだな」
 投げやりな言い方ではなく、それでいい、と言っているような話し方だった。
「ええ。俺、嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
 レイマンが、ウィリウムを見た。
「俺、ずっと思ってました。兵士を殺さないで、戦争を終わらせられないかって。俺たちがいる部隊みたいに、無人の爆撃機とか、ロボットが戦場に行ってるから。だから少佐は、俺の叶いそうもない夢を、実現してくれるかもしれない人なんです」
 ウィリウムは軍に入るとき、自ら進んで第四部隊に入りたいと申し出た。戦場に出て命を危険にさらさなくて済むし、必ず敵の兵士を殺さなければならない、ということもない。威嚇だけで済ませることもできる。
「お前の夢の実現、か……」
 レイマンが、自嘲するように鼻で笑った。
「兵士を殺さないなんていう嫌われそうなルールが、まさか好かれてしまったとはな……。まあ、嬉しいということにしておこう」
 レイマンの口元が、またかすかに綻んでいた。
「今は敵は生身の兵を送ってきているが、その敵もロボットを使うようになれば、兵士など必要なくなるだろう。戦争を進めている政府のやつらがロボットを操作して、ロボット同士で戦えばいい」
 レイマンは天井を仰いだ。顔は無に戻っていた。
「人の命は、その人が生まれた国のためにあるんじゃない。国同士の争いに、自分の国の人間だからって、その命を巻き込むなんて馬鹿げてる。ウィリウム」
「はい」
「お前は、私について来てくれるか?」
 ウィリウムは答えた。その答えを聞いた時、レイマンは嬉しさと、そうだろうな、と言いたげな悲しみの混じった、しかしやはり嬉しさが勝った表情を見せた。
 俺はあの時、何と言ったんだろう。なぜかそこだけ飛んでいる記憶を、思い出すたび見つけようとする。記憶を探しながら、ウィリウムは今日も「アサシン」の起動スイッチを入れた。


物置 | <<前

HomeNOVEL 物置

Copyright(c)2007-2022 Smiz all rights reserved.